Jobinの初期の作品のひとつであるHow Insensitive(1961年)はやや難解である。
彼はショパンのプレリュードOp.28 No.4を聞いて甚く感動し、この曲を作曲したと言われている。
メロディーの最初の部分はそっくりであるが、和声の動きも共通点があるように思えるためショパンのアナライズから始める。
アナライズのため、上部に想定されるコード名を書き入れた。
コード名はジャズコード表記にしたが、見にくくなるのを避けるため転回形の表記は省略した。
コードを付けるときは音楽理論も考慮しながら行うべきであるが、この曲では難しかった。
機械的に左手の和音とメロディーから想定して書き入れたので別の表記も考えられるかもしれない。
左手の和音の動きをみると1音づつ半音下がって成り立っている。
構成音の動きであるボイス・リーディング(Voice Leading)を見てみよう。
ボイスリーディングとは、コードの個々の音をスムーズに次のコード音につなげることである。
Voice Leading is the practice of smoothly moving the individual notes of one chord to another.
最もスムーズな動きは同じピッチの音であり最も静的な動きとなる。
その次はクロマチック(半音)、全音、短三度と続き、より動的になる。
①② 2小節目から8小節目までは、コードの1音だけが半音下行し次のコードとなっている。
これは実に13回も繰り返される。
③ 下行が繰り返されると音域がどんどん低くなるが、ここで半音の上下を繰り返して同じ音域にとどまり、半終止となる。
④ 曲初めと同じメロディ、左手音域に上行し、更に6回のコードの1音だけの半音下行を繰り返す。
⑤ ここで左手音域を下げているのは、次の小節のクライマックスをより劇的にするためと思われる。
動いているのは1音だけで転回して下げている。
How Insensitiveのボイスリーディングはどうだろう?
作曲時にどのような影響があったかを見るため、ジャズシーンで使われているコード進行ではなく、Tom Jobim のオフィシャル・サイトから得た進行でボイスリーディングを試みた。
明らかに共通音と半音での下行を意識して作られているように思われる。
それらを踏まえ、
How Insensitiveのアナライズを試みてみよう。
アナライズするにあたり、この曲が転調しているかどうか考える。
最初の8小節と次の8小節を比べると、全音下がった同じメロディのようにみえる。
しかし、第4小節と12小節をみると半音と全音の違いがあり、ダイアトニック・シークエンス(スケール上の音で一定のステップ数で動く)のようである。
コードも一緒に動いていないので転調ではない。
① D Harmonic minorの7番目のコード C#o7 はA7(b9)の上部構造と同じなのでドミナント機能をもっている。
通常トニックに動くが、半音下のCm6 に動き経過コードのような使われ方をしている。
下行する経過コードのようにみえるのでDbo7 としたいところだが、ダイアトニックコードとしての VIIo7 が優先されるので C#o7表記となっている。
② m6 の表記は一見トニックのように見えるが、後で2回出てくるCm7 がメロディーに合わせるために変化したものか?
同じ構成音である A-7(b5) の転回形とも考えにくい。
ChopinのPrelude, OP.28, No.4 は” Suffocation ” (窒息)と別名が付けられているように非常に暗い曲である。
D Dorian モーダルインターチェンジ・コードのC Maj7 ではなく、より暗い D Phrygian モーダルインターチェンジ・コードの Cm7 としたのかもしれない。
③ ドミナントと見た場合 G はC( bVII)に向かうので、セカンダリー・ドミナントのV7/bVII となるが、マイナー・キーの場合は、Melodic minor またはDorianの4番目にできるコードである IV7としての機能(Subdominant)が優先する。
ブラジル・ハーモニーではこのように3度がベースに来ることはよくある。
④ bVI Maj7 はマイナー・キーではダイアトニック・コードなのでBbから始まるD minorのスケール Bb Lydian がコード・スケールとなる。
D Phrygian にモードが変わったとするならBb IonianスケールとなりE音はEbに変わる。
ここまでが和音のルートの半音下行でコードが付けられている。
⑤ 次にII – V と向かう動きから、オルタード・サブドミナントマイナー・コードと考えられる。
サブドミナント・マイナー(SDM)の II-7(b5) のルートが半音下がって変化(オルタード)したナポリタン・コードである。
⑥ オリジナルは F7/C であるが、②で説明したD Phrygian由来のモーダルインターチェンジ・コードになっている。
一般には bVIIm7の出現は稀といえる。
⑦ 便宜上 VIo7 としたが、Prelude, OP.28, No.4で使われているように経過コード的に使われている。
⑧ ③と同じくSDM 機能をもったbVIMaj7 。
次に続くコードとは共通音が多くスムーズに繋がる。
⑨ V7/V が II -Vの形でExtendしたもの。
このように、モーダルインターチェンジの概念などで一応アナライズは可能だが、この曲のコードの動きはやや特異的にみえる。
プレリュードOp.28 No.4の和音も機能コードと考えると難解で、そのコンセプトは和音の1音だけ半音下げてコードを変化させることにあるようにみえる。
これはNon-Functional Harmony(非機能的和声)とも言えるが、トーナリティも保持されており見事である。
Jobimはそれと同じ発想で、しかもジャズ進行の要素をも加味し、この曲を作曲したと考えるのが妥当ではないか。
まとめると、
① マイナー・ハーモニーでは半音下行するクリシェがよく起こり非常に効果的である。
ChopinのPrelude, OP.28, No.4では、左手の和音の1音だけ半音下げることの連続によってハーモニーの動きとした。
それはNon-Functional Harmonyとなるが、右手のメロディーと相まってトーナリティーを保持させている。
② Tom Jobimは How Insensitive で ChopinのPrelude, OP.28, No.4のコンセプトをジャズコードで表現しようとした。
そのため、部分的にあまり見ることのないハーモニーの動きとなった。
演奏性のためハーモニック・リズムは大きく取られた。
③ How Insensitive のハーモニーを理論的に説明することは可能だが、コンセプトを元にこの曲を理解する方が妥当ではないか。
ご意見、質問その他コメントを歓迎します。 (2019/02/01)
非常に参考になるアナライズでした。
ありがとうございます。
ところで、All or Nothing at Allのアナライズでも悩んでましたが
Amキーに対して出現するGm7(bVIIm7)はA Phrygian由来のモーダルインターチェンジ・コード、
ということになりますね。
Bb7はⅡb7。
Cmajキーで分析してGm7はCmのモーダルインターチェンジ、Bb7はⅦb7でサブドミナントマイナー、とすればいいのかな、と悩んでましたがAmキーで分析した方がすっきりするような気がします。
ありがとうございました。
コメントありがとうございます。
「All or nothing at all」のアナライズについてのご質問でよろしいでしょうか?
Bb7 は C major キーの bVII7 で良いように思います。
Gm7をPhrygian由来とするには、bVIIm7が稀なコードであること、時代的にも?です。
コードの5度のメロディーが中心になっていることを考えると、単にメロディーに合わせたように見えます。
G-7 G-7/F | E-7(b5) A7b9 | D-7 となっている譜面もあります。
この例では、サブドミナント(FとDm) に向かうケーデンスが、連続したとも取れます。
したがって、G-7 C7 の変形かとも考えられます。
モーダルインターチェンジコード(MI)と考えるなら、むしろ Vm7 の方が近いです。
Vm7の使用例はDINDI参照(ボサノヴァ&ジャズアナライズ集に解説があります)
しかし、Bb7から4小節もMIが連続することも稀です。
以上が現在の私の見解です。
ご返信ありがとうございます。
なるほど、単純にCmajキーで考えれば良いのですね。
最初にAmが続くのでAmキーではどう解釈したら良いのかわかりませんでした。
疑問が解決できて良かったです。
ありがとうございました。