第4章 第3セメスター(秋)

秋セメスター

夏セメスターは丁度日本のお盆の頃終了する。 それで2週間余りの間一時帰国したのだが、その時いくつか必要な物をボストンに運んだ。 一つはサイレントベースで、アメリカではStick Bassとも呼ばれているコントラバスのボディーのないようなベースである。 ボストンでは未だめずらしく、帰国時には割と高く売ることができた。 これはコントラバスの練習に非常に役に立った。 ボストンでは手に入り難いアルカリイオン整水器も持ち込んだ。 こちらでは水道水を飲用にするにはブリータを使うのが一般的で、水は買って飲む人も多い。 私もすぐ近くのスーパーから買ったりしていたが、重い水を運ぶのは辛い。 アパートを契約するときに水道水中の鉛について同意書にサインさせられたが、アパートが古いのでどうやら未だ鉛配水管を使っているようだ。 アルカリイオン整水器は鉛も除去してくれるものもあるので、ボストンで生活する人は持参した方がいいと思う。

秋セメスターの始まりである。 こちらの生活にも慣れてきて、涼しい夏のボストンでリフレッシュ、一時帰国もして非常に調子がいい。 しかし、一つ計算違いがあった。 このままだと卒業を予定していた時に単位が足りないことに気が付いた。 テストアウトで得た単位を二重に計算していたのだ。 テストアウトすればいいといっても限度がある。 幸い夏季に秋セメの分まで予習しておいたのでパワーの余裕がある。 もちろん授業料を払えばいくらでもクラスは増やせるが、かなり授業料が高くなるのでDegreeプログラムに変更することにした。 プログラムをDiplomaからDegreeに変えることで、16単位まで3単位分増やせるが授業料は$300しか高くならない。 1単位が約$650(当時)なので、かなり得をした気分である。 が、ひとつ面倒なことがある。 アドバイスセンターへ行って手続きをしなければならないのだが、以後1年分の必要費用の残高証明を提出してI20(アイ・トゥエンティ)を作り直してもらわなければならない。 I20はまたDiplomaに戻すときも、一時帰国するときも作り直す必要がある。 NYのテロ事件の後、こういうことがきびしくなったようだ。 こういう手続きは時間がかかるので早くしないとアド・ドロップの期間が過ぎてしまう。

夏の間はテレビのホームコメディを毎日よく見た。 お気に入りは「フレンズ」だが、夕方から立て続けにいくつも再放送をしている。 テレビのキャプチャー機能で英字の字幕が出ることに気が付きフル活用した。 英字幕が出ると会話の確認ができるので英会話の練習に非常に役に立つ。 おかげで聞き取りはかなりできるようになったが、いつまで経っても話すのが難しい。 そこで初セメのときに薦められた英会話の授業を取ることにした。

 

ESL 1

私のESL1(English as Second Language 1)の教室はボストンの五番街(NY)、ニューベリー通の雑居ビルの5階にあった。 先生はやさしそうなおばちゃん。 始めに簡単な作文を書かされ、ひとりずつ廊下に呼ばれた。 作文を見て、すこし会話して、ある者はレベルが上のESL2に行きなさいと言われ、私を含め4人が残った。 私と新入生の女の子3人、一人は日本人、後二人は韓国人である。 バークリーに来ている外国人で一番多いのは日本人で、それに負けないぐらい多いのが韓国人。 英語がダメなのは日本人で、またそれに負けないのが韓国人。 韓国語は日本語と主語・動詞などの順序が似ていて、それが英語を苦手とする原因のようだ。 韓国人は日本人が不得意とする発音に加えて、摩擦音というのだろうか、そこら辺も苦手らしい。 「ポップマンス」というから何のことかしばらく分からなかったが、「performance」であった。 もちろんきれいに発音する韓国人もいる。 韓国人の20%がクリスチャンだと知って驚いたが、小さいときから教会で英語やピアノを習った人も多いのだろう。

さて、ESL1は1時間の授業が週2回、会話が主体のクラスである。 正しい英語を会話するために文法の本を使うのだが、Betty Azarという人の“Fundamentals of English grammar”と言う本は例題が多く、なかなか良い本だ。 私のブロークンイングリッシュが直るだろうか? テーマに従って書く2枚ぐらいの作文(エッセイと呼んでいる)を3回ぐらい提出しなければならないが、チューター(個人教師)を付けてくれるので手伝ってもらえる。 チューターは英語圏の学生がアルバイトでやっているもので費用は大学持ち。 私のチューターは韓国系アメリカ人の女性だったが、週一時間、待ち合わせて会話したり宿題を手伝ってもらったりした。 以前彼女にチューターをしてもらっていた韓国人男性は彼氏として今は廻りをうろついていた。

エッセイの他はミッドとファイナルのペーパーテストとスピーチがある。 スピーチは原稿を作って皆の前で話すのだが、こういう練習は大事だと思う。 なかなか、聴衆4人の顔を見て喋ることは難しい。 私はかってアボガドの種を育てることから観葉植物の世界にはまっていったことを話した。 20代の頃、音楽雑誌で、あるミュージシャンがアボガドの種を育てて観葉植物とする方法を紹介していたので、やってみたところ大きく成長した。 それがきっかけで植物に興味を持ったのだが、それをボストンでも育ててみようと試みた。  だが、いつまで経っても芽が出ない。 日本に帰ってからもやってみたが、やはりダメであった。 どうも最近のアボガドはなにか処理がしてあるらしい。

驚いたことがあった。 韓国人の二人共クリスチャンネームを持っていて、顔とイメージが合わないが、サニーとレベッカという。 サニーは自分のスピーチの番になって、パソコンを開けて音楽をかけ、一言も話さず踊り出した。 先生はびっくりしていたが、私もどんな顔で見ていたらいいか悩んだ。 ダンスが終わって、彼女曰く, ”Body Language” だと。 英語のスピーチの時に一言も英語を喋らないのは、いったい何を考えているやら? 先生も只、あきれるばかり。

 

絶対音感と相対音感

“絶対音感”という本が少し前にベストセラーになった。 我々が高校生の時は、音楽の時間に移動ドでソルフェージュを歌ったのを記憶しているが、最近の日本の音楽教育はどうなのだろう。 というのは、どうやら日本では絶対音感信仰があるらしく、教育熱心な親はヤマハの絶対音感のための教室に我が子を通わせたりするらしい。 学校で絶対ドで歌うか、移動ドで歌うかは、文部科学省は学校に任せていると聞く。 事実、バークリーに来る日本学生で絶対音感しかないので、イアトレーニングで苦労したという話はよく聞く。 彼らは耳がいいのでET4からスタートする訳だが、例えばファ(F)の音が聞こえるのにラ(La)と言わなきゃならないことが大変らしい。 クラシック音楽の場合は絶対音感だけでもなんとかなるが、ジャズの場合は相対音感がないとどうしょうもない。

何セメか経ったある朝、ベッドの中でぼんやりしていたら、クラクションだろうかある大きな音が聞こえた。 この音のピッチは何だろうか? 数分間考えた後、Bbと思った。 すぐに起きあがり、キーボードを叩くと“正解”だった。 うれしかったが、おそらくマグレだろう。 私に絶対音感はない。 このように偶然に当たったのではなければ、これが本当の絶対音感であろう。 問題の音を聞く前に何か音を聞いていてその音が何かを知っていれば、問題の音が当てられたとしてもそれは絶対音感にはならない。 また、絶対音感は頭で考える音感と言われている。 私の場合は時間が掛かり過ぎだが、1秒とか、少し判断に時間が掛かるようだ。 クラシック音楽家にも、音楽に重要なのは相対音感で、絶対音感はあったほうが良いが音楽的能力ではないと言いきる人もいる。 歴史上の有名なクラシック作曲家の中にも絶対音感がなかった人物がいたという話も聞く。 ジャズ音楽では、絶対音感は楽器のチューニングや採譜するときは便利ではあるが必須ではない。 しかし相対音感の必要性は高い。 日本のおかあさんに“絶対音感=英才教育”という間違いを早く気づいてほしい。

 

イヤートレーニング2

というわけで、全学生必須科目のイアトレーニング2(ET2)の授業である。 友達から情報を得てPaulのクラスをとった。 そういえばET1も同じ名前のPaulだったが、こちらはイアトレーニング部門所属の先生である。

クラスに行くと、女性の先生が来て「彼は、奥さんが出産で次回も来られないけれど、非常に良い先生だから」と言って、代理の授業をしてくれた。 “Nature Boy” を歌ったのだけれど、この曲は3種類の短音階が混在していて短音階の練習としておもしろい。 2回目は休みで3回目にクラスに行くと、先生は赤ん坊の話でテンション高め。 このクラスは女学生も多く、楽しい雰囲気だ。

ワークブックから一人ずつソルフェージュを歌わされる。 私の番になった。 急に声を出したものだから、声の大きさのコントロールができない。 でかい声が出てしまったが、破れかぶれでそのまま続けた。 皆、笑いを堪えていたであろう。 少し静寂があった。 先生が言った。 「ETで一人ずつ歌うのは今が始めて?」 そうである。 ET1では皆で一緒にソルフェージュを歌っていたので予習が出来ていなくても口パクをすればよかった。 今回はどこを歌わされるか分からないので全て正確に歌えるようにしないと恥をかく。 そういう面でも確かに一人ずつ歌う方が身に付く。

さてET2であるが、リズムは少しずつ複雑になってきて、2拍3連と16部音符が混在したものまでが出てくるが、まあそれほど難しくはない。 メロディーは♭と♯が4個までの調を移動ドで歌うが、臨時記号は未だ出ないので慣れれば大丈夫。 和音は4パートのセブンスコードになる。  ここでのメインは3種類のマイナースケールの習得の様だ。

マイナースケールをソルフェージュで歌い別けるにはET1で書いたDo, Re, Mi, Fa, Sol, La, Ti, Doの他に、その音がシャープやフラットしたときの歌い方が必要になる。 基本的にシャープしたときは “i” を、フラットでは ”e” を付ける。 ただし “Re” のフラットは ”Ra” になる。 半音階スケールは上行では、Do, Di, Re, Ri, Mi, Fa, Fi, Sol, Si, La, Li, Ti, Do    下降では、 Do, Ti, Te, La, Le, Sol, Se, Fa, Mi, Me, Re, Ra, Do となる。 これは非常に便利で、これが歌えれば♯や♭の臨時記号も含めて正確に譜面に書くことができる。 習わなかったが、ダブルフラットやダブルシャープにもそれぞれ名前が付いているらしい。

ところであなたはマイナースケールの初めの音をラから始めますか? ドから始めますか? 日本ではラから始めるのが圧倒的に多いようだが、ここでは全てのスケールはドから始まる。 このやり方はスケールやそこから生まれるコードを理解するのに非常に役立つと感じた。 例えば、ハーモニックマイナー(和声短音階)は Do, Re, Me, Fa, Sol, Le, Ti, Do になる。 3番目と6番目がMe と Le になっているので、Mi と La が半音下がった音階だと簡単に理解できる。

短調もドから始める方法は、同じ主音でメジャーとマイナーを移動する(Parallel key、同主調、同名調、例:CとCm)曲を歌うのにも便利だ。 ちなみに同主調へは移調と言わずに、モードの変更ととらえる。 ET4になると移調している曲も出てくる。 移調箇所でドの音を変更しなければならないので結構難しい。 また、調号が同じで長調と短調の関係をRelative key(平行調、関係調、例;CとAm)というが、平行調で移調している曲、特にマイナーで始まってメジャーで終わる曲はジャズに多い。 しかしバークリーのET4まででは出てこなかったように思う。 Relative keyではどこから移調したか曖昧な曲も多いので、メジャーかマイナーのどちらかで通して歌えばいいのではないでしょうか? それにしても今までParallel keyが平行調だと思っていたが、平行調はドイツ語訳なので違うらしい。 日本の音楽理論を更に難しくしているのはその日本語訳と思えてくる。

テストはミッドとファイナル以外は散発的に行われる聞き取りテストやソルフェージュを歌うことがある。 ミッドとファイナルでは一人ずつ、10分位時間を予約して先生の前で歌ったりするのだが、ファイナルで試験の後、先生が「このセメスター、君は大きな進歩があった」と言って握手を求めてくれたのはうれしかった。 余程初めの印象が悪かったのかも知れないが、楽しいクラスであった。

 

アフロ・キューバン・パーカッション

ノン○○ニストのための○○講座というクラスがいくつかある。 各楽器部門が他の楽器の学生を対象にいくつかクラスを解放している。 自分の楽器以外の演奏技術を習得できるありがたいクラスである。 その中で人気のある「ノン・パーカッショニストのためのアフロ・キューバン」という、主にコンガを中心としたクラスを取った。 先生はE. Castrilloという。 いかにも南米人という体格、風貌で顔がでかい。 ウエブで教授陣のプロフィールを見ることができるのだが、その中で彼の写真の枠だけが何故か一際大きくて、そこに大きな顔がデカンと載っている。 普通の枠では入り切らなかったのだろうか、と思ってしまった。

さて、クラスに行ってみると10人ほどの生徒。 私のチューターさんも、その彼も居た。 いろいろなリズムの叩き方を教えてくれるのだが、私は本当にどんくさい! 叩き方の複雑な順序が覚えきれない。 グループレッスンだが、よく名指しで注意された。 毎日、丸イスをコンガに見立てて、アパートで練習した。 後で聞いたが、下の部屋に結構響いていたらしい。 イスの脚にクッションを付けたり、浮かせたりしていたのだが、それでも床の薄いボストンのアパートではだめだったようだ。 その努力の甲斐あって、試験では先生も驚く98点を取ることができた。

 

Jazz Improvisation Techs 1

これはアンサンブルクラスと同じように各楽器セクションの学生が集まって、ジャズの即興演奏を実際の演奏を通して学ぶクラス。 本当はこのクラスをとる前に即興演奏の理論中心のクラスをとった方がよかったようだ。 その時は満席でとれなかったのであるが。

このクラスにカナダから来たバイオリンのブロンド娘がいた。 あくまで一般的な話だが、ここバークリーで日本女性がもてるのと対照的に日本人男性は白人女性には相手にされない、という印象がある。 というか、日本人学生には扱いきれないような気がする。 だから、そういうカップルを見ることも希である。 彼女ぐらいかな、少し話をすることができたのは。 その彼女の経歴がおもしろい。 バークリー内の新聞「The Groove」に載っていたのだが、2才の時、近所の子供のバイオリンを盗んで、それをくり返し3回捕まった。 その時親はこの子はきっと音楽家になると思ったらしい。 11才の時、サーカスに逃げ込んで一緒に巡業し、ステージでの演奏や数々のロックバンドを経てバークリーに来たらしい。 本当にバークリーにはいろいろなやつが来ていておもしろい。 英語がもっとしゃべれたら楽しいにちがいない。

 

Survey of Bass Styles

「Survey of Bass Styles」という全学生に開放しているベースのクラスがある。 生徒は20人以上いたように思う。 ここではかなり大きなクラス。 エレキベースの学生多数とアコースティックベースそれに一人ドラムスの学生がいた。 ベースのスタイルや歴史を学ぶ講義中心のクラスで、ベーシストは必須科目になっている。 この講座は今のChairのRichが始めたものだが、今はエレキベースの教授Dannyが担当している。 彼のフィンガーリングスタイルはユニークだ。 左手4本の指は揃えたままフィンガーボードを上下するだけで、ほとんどその指は動いていないようにみえる。

さて、その講義であるが、歴史的に重要なベーシストの音源がウエブで聞けるようになっていてそれを中心に進むのだが、学生はパスワードを使って大学の無線LANの届く場所に限り、いつでもそれを聞くことができる。 これは残しておきたいと思い、校舎内でMDに録音を試みたが時間がかかりすぎるので途中で止めてしまった。

このクラス、ミッドとファイナルの試験は無いがエッセイの提出がある。 同時にESLでエッセイの書き方も勉強しているので助かった。 最初のエッセイはベースに関する本を一冊読んでレビューを書くことだった。 図書室からMilt Hintonの自伝「Bass Line」を借り読もうとしたが読み終わるまで何週間かかるか分からない。 所々読んで、後はウエブからそのレビューを集め、何とか形にした。

二つ目のエッセイは4人のベーシストを選び、各々4小節のベースラインをコピーして特徴などを書くことだった。 1ページにでもいいからという先生の言葉により、1ページに収まるように簡潔に書いたところ、返ってきた評価には「もっといろいろ書け」というメッセージがあった。 そんな。 こういう宿題は他人が作ったものを出してもバレなければと誰もが思うかもしれない。 このときまるで同じ二つのエッセイがあったらしい。 二人はルームメイトか友達で先生の指摘にただただ無言で笑うだけ。 先生もあきれて笑っていたけど。 前にこのクラスを受けた先輩からもらう手もあるけど、バレると思うので止めておいた方がいい。 それらしきなのを目撃したが、ひどい点数を付けられて返ってきていた。

もう一つはプレゼンテーションをしなければならない。 私は、ピアノとベースのデュオについてサンプルをかけながら話したが、時間が限られていてあまりスムースにはいかなかった。 英語がスムースでないのが一番の理由だが。

最後の一番大事なレポートは「Meaning of Bass Acumen」という題目のエッセイを書くこと。 この結果は返してくれないが、ユニークな視点で書いたつもりだ。 きっと高得点がもらえたと思う。 アメリカというところは特に個性を重要視するところがあり、仮に先生の考えと違っていても評価は高くなるはずである。

 

Proficiency test

Proficiency テストはプライベート・インストラクション(個人レッスン)のファイナル試験。 朝8時30分が私の試験の時間である。 まあ私は年のせいか目覚めの時間は早いが、普通ミュージシャンは爆睡している時間帯だ。 雪が積もって足下が悪い道、ベースを転がして1140ビルに向かった。 少し頭痛がしてコンディションがよくない。 指定された部屋の前に行くと何人かが眠そうな顔をして待機していた。 近くの何部屋かで同時に試験をしているようだ。 ケースからベースを出し、チューニングをして待っていたら目的の部屋から試験を終えた学生、続いて試験官のロンが顔を出した。 初セメで彼のアンサンブルのクラスを取ったことがある。 少し待てという。 もう一人の試験官と何か調整をしているようだった。 (つづく)