ジムノペディ第1番 アナライズ

Erik Satie(1866 – 1925)の代表作 Gymnopedie no.1 (1888年作曲)のサウンドはジャズのように感じる。

しかし、ジャズの誕生はその数十年先なのでSatieがジャズに影響されたとは考えられない。

この名曲が何故ジャズと感じるのか? ジャズとしてアナライズしてみたが、アナライズできない。

Satieについて調べていく内に、彼には幼少期に教会に入り浸っていた時期があり、そこでモード音楽と大きな関わりがあったことが分かった。

この曲は通常の曲としてはアナライズ困難だが、モードジャズとして考えるとアナライズすることができた。

それは非常に興味深いものであった。

モード・ジャズのジャズ理論( Modal Jazz Harmony )については一般的ではないため、初めての人にも分かるように、できるだけ丁寧に説明しながら進めて行くことにする。

しかしながら、その理論の全てをここに書くことはできないので、その概念とこの曲に関係する項の説明のみに留める。

モード音楽の概要

グレゴリオ聖歌に代表される教会旋法(Church mode)は旋律が主体の音楽であり、和声の概念がない。

旋法(モード)には複雑な体系があるが、現代では、モードの種類はドから始まるアイオニアン(Ionian)、レから始まるドリアン(Dorian)、ミから始まるフリジアン(Phrygian)、ファから始まるリディアン(Lydian)、ソから始まるミクソリディアン(Mixolydian)、ラから始まるエオリアン(Aeolian)、シから始まるロクリアン(Locrian)で考えられる。

教会旋法の内、アイオニアンが長調として、エオリアンが短調として機能和声の発達と共に現在に至っているが、19世紀末(サティ、ドビュッシーの時代)から新たな音楽の可能性として教会旋法が和声を伴って度々使用されてきた。

ジャズでは1960年台になってから使われ始めた。

旋律が中心のモード音楽においては、通常の曲のような和音の動きをすると同じ調号を持った長調や短調のようになってしまうため、従来の和声は避けられた

– – – – –  Relative Ionian(同じダイアトニック・コードをもったメジャー・スケール)を感じさせないことは重要である。

例えば、D ドリアンではC メジャーを暗示させるようなコードの動きは厳禁である。

また、トライトーン(増4度音程)を含んだコードは解決しようとする力が働くため、使い方には注意が必要である。

トーナルセンター(主音)をはっきりさせるために、 I コード(トニック・コード)が強調され、時にトニック・ペダル(最低音に主音を持続させる)が使われた。

– – – – – トニック・ペダルを使うことでトーナルセンターを提示し、上部構造のコードやメロディーからモードの種類がはっきりする。

例えば、最低音の上部構造がC メジャー上の和音や旋律の場合はペダルがDであれば D ドリアン、E であれば E フリジアンとなる。

モードの種類を提示するためには、そのモードを特徴づける音である特性音(Characteristic note)を含んだコード(Cadence chord、ケーデンス・コード)が主に使用される。

– – – – –  例えば C ドリアンの場合、トニック・コードは Cm で、特性音は♮6(この場合A音)であるが、トニック・コードが CmであってもA音がないとC エオリアン( ♭6、Ab音を含む)との区別がつかない。

この場合、♮6を含む Dm や F コードなどのケーデンス・コードを使うことでドリアンを示唆ことができる。

メロディーにも特性音を効果的に使うことでそのモードが強調された。

その他にもモードには多くの特徴があるが、それぞれ関係する場所で述べることにする。

Gymnopedie No.1

この曲の和音ははっきりしており、コードネームとして容易く表記できる。

この楽譜はアナライズが分かりやすいように、ベースと和音を低音部に集め、適当と思われる所に複縦線を加えたものである。

モード・ジャズはMiles Davisの Milestones(1958年)から始まり、アルバム「Kind of blue」(1959年)で新しいジャズの方向性として広く認知された。

それは今までコード進行に縛られていた即興演奏からの開放を意味した。

ここで行うアナライズは、サティによって始められたモードを使った作曲がドビュッシーらに影響を与え、更にそれらから学んだと考えられるジャズメンによって生まれたモード・ジャズ、その理論でサティの音楽をアナライズするということにほかならない。

先ずは最初の16小節のアナライズから、

1〜16小節

Analysis on the basis of jazz theory

Gymnopedie No.1

教会旋法(モード)は旋律中心の音楽で和声の概念がないが、この曲でははっきりした和音がある。

しかし、その進行は通常の曲と違うことに気がつく。

通常の機能和声で考えると理解できない動きである。

モード・ジャズの代表曲 “So what” はAABAの32小節で、D ドリアンのトニック・コードであるDm と半音上に転調したB セクションのEbm のみで構成されている。

この方法は即興演奏するときの曲の長さを提示する方法の一つであるが、サティはケーデンス・コードを使用してワンコードの束縛から抜け出ることに成功している。

サティの場合は即興演奏のためではないが、ワンコードからの脱却が曲に豊かなカラーをもたらしているといえる。

最初の16小節の和音をコード名として表すのは容易である。Gmaj7とDmaj7の繰り返しとなっている。

調号から見てキーはDメジャーで、|IVmaj7 | Imaj7 |の繰り返しと考えるとアナライズが難しくなる。

キーをDメジャーとするには問題点がいくつかある。

ジャズではIVコードから始まる曲の例は珍しくないが、クラシックではどうだろう?

また、16小節にわたり繰り返されるのは長過ぎる。

最初の4小節だけならイントロとしてあり得るが、その後の12小節は明らかに主旋律である。

この16小節は Gリディアン・モード( G Lydian mode )で書かれており、|Imaj7 | Vmaj7 |と考えるのが妥当であろう。

以下にその根拠を示す。

(1)調号

モードにおける調号の付け方には、この曲の最初のトーナルセンター( Iキー)をGとした場合

調号を付けずに臨時記号で表す方法、

Parallel major key(この場合はkey of G、同主調、つまりG Lydianを Gメジャーと同じ調合 )と同じ調号、

それにRelative major key(この場合はkey of D、平行調、つまりG LydianをDメジャーと同じ調合 )と同じ調号で表す方法などがある。

平行調で調号を付ける方法は臨時記号が少なくなるのでよく使われるが、この曲も同様に考えられる。

シャープが2つ付いているから必ずしもkey of D とはならない。

(2)IV   I  ケーデンス(アーメン終止)とハーモニック・リズム

この16小節が key of Dで、|IVmaj7 | Imaj7 |、つまりアーメン終止の連続と考えるとハーモニック・リズムの面からも難点がある。

ハーモニック・リズムの観点からみると、Strong stress(強)にトニック・コードが来るのが自然であり、1拍目のGmaj7がトニック、つまり I コードと考えるのが妥当である。

ジャズではでStrong stress に IV コードが来ることがあるが、それに続く I コードが weak stress に来ることは稀である。

(3)モードにおけるコードの動き

基本的にモードにおけるコードはトニック・コード( I コード)のみである。

しかしそれでは即興演奏をするときに演奏者が迷ってしまう。

また、単調さは歪めない。

モードジャズにおける特性音(Characteristic note)とはそのモードを特徴づける大事な音であり、ケーデンス・コードはその特性音を含むコードである。

上の「典型的なモードにおけるコードの動き」にあるようにケーデンス・コードをweak stress(弱)に使うことによってトニック・コードに向かう流れを作っている。

典型的なモードにおけるコードの動き  のコードの動きはGymnopedie no.1の最初の16小節と同じで、モードの特徴をよく現している。(参考例:Black Narcissus/Joe Henderson)

(4)ケーデンス・コードとしての Vmaj7

上は G リディアン・モードのダイアトニック 7thコードと各コードの性質を表したものである。

(注:マイナー・コードの表記を文章内では” m “を使用しているが、楽譜上では分かりやすいように  ” ” で表記している)

Gmaj7をトニック・リディアンの I コードとした場合、Dmaj7はVmaj7となる。

C/C コードとは条件によってはCadence コードとなるもので、Vmaj7の場合は7度の位置に特性音を持つため C/C コードと呼ばれる。

モードの場合はトライアド(Triad)がよく使われるが、Vのトライアドは特性音を持たないためCadenceコードとはならない。

つまり、Vコードは7th chordに限ってCadenceコードとなる。

このセクションでは全て7thコードで、 Vmaj7はCadenceコードとして機能している。

通常よく使われるケーデンス・コードはトニックの隣のコード、 IIコードやVIIコードであるが( I コードに向かい、いわゆる平行進行する)、ここではVコードを使っている。

これもこの16小節がモードだと分かり辛い一因である。

(5)最低音(ベース)の動き。トニック・ペダルとドミナント・ペダルの組合せ。

1960年台にモードの概念がジャズに取り入れられたとき様々な実験がされた。

その中で必要なことは常にトニックの音が何であるか、トーナルセンターをはっきりさせることであった。

トニックはペダル・ポイントとして最低部で演奏されることがあるが(トニック・ペダル)、ドミナント・ペダルと組合せてベース・パターン(Ostinatoと呼ばれる)をプレイすることも多い。

この16小節のベースだけをみると、2小節単位のベース・パターンとも取れる。

実際に3/4拍子では2小節単位でパターンをプレイすることが多い。

仮にこの16小節が全てGペダルで書かれていたら、もっと早くモードだと気づいていただろう。

実際に16小節全てGペダルで弾いても大きく雰囲気が変わることはない。

(6)メロディーの特徴

モードのメロディーの特徴として牧歌調が挙げられるが、この曲のメロディーもそれに合致する。

また、メロディーに特性音を含む

長調系のモードは同主調のIonianと比較して異なる音が特性音である。

GリディアンではC#の音が特性音となる。

この特性音C#はトニック・コード(Gmaj7)の上部でメロディーとして同時に鳴っており、テンション#11と感じる。

リディアンの Imaj7 は#11が同時に使われた時に最も効果的である。

最初のメロディーだけを見てみると、第6,8小節のDmaj7の1拍目に向かっていてkey of D のようにも見えるが、更にその後の第9小節のGmaj7に向かっている。第13小節に休符があるので、メロディーは第5小節から第12小節までつながっていると考えるべきであろう。

17〜31小節

第17小節からの4小節はEm に向かっており、Relative DorianのEドリアン(平行調のドリアン)に移行(平行調は C:と Am:の関係と同様の転調をいうが、今後同じ調号を持つ平行調のモードはRelative Mode名と記載する)したと考える。

D メジャー・キーの Re から始まるモードがE ドリアンである。

この部分はkey of D の IIIm  /   VIm  /   IIm に相当し、進行も4度で動いているので通常の曲を暗示させ、モードとしてはやや不完全かと思われるが、この部分は次のD ドリアンに移行するための導入部のようにみえる。

つまり、E ドリアン(I m)に向かうためにダイアトニックな4度進行にしたと思われる。

サティの意図としては、E ドリアンに誘導し、更にb7の音を加えた7thコード(Em7)に変化することによって全音下のD ドリアンへの転調をスムーズにしたと考えられる。

メロディーから推測して加えた複縦線に示すとおり、第17小節から5小節間は前の16小節から続くものであり、D ドリアンへの導入部分である。

この部分は5小節だが、続く小節も5小節+5小節となっている。

通常ジャズでは4小節や8小節単位で構成されることがほとんどだが、モードジャズにおいてはこのような奇数の小節数はめずらしくない。(例:Infant eyes / Wayne Shorter)

第21小節から31小節まではD ドリアンである。

この部分はモードの特徴をよく表している。

D7 を除き全てC メジャー・スケール上のコードであるが、あくまで主音はD なのでD のトニック・ペダルが使われている。

26小節と31小節はD7コードであるが、これはミクソリディアン・モードから一時的に借りてきた借用和音のModal interchange chordと考える。

モード音楽ではModal interchange は頻繁に起きる。

各D7 の前の3小節にはトニックD における3度の音がコードにもメロディーにもない。

ドリアンとミクソリディアンとの音列の違いは3度だけである。

従ってこの小節はミクソリディアンの可能性もある。

これもモード・ジャズの大きな特徴である。

マイルスが「バターノードを弾くな」と言ったという有名な話がある。

バターノートとは美味しい音、つまり3度や7度のコードを決定する大事な音を指す。それらを使わないことによってコードが曖昧になり、独特の浮遊感が生まれる。(参考曲:Maiden voiyage /H.Hankock)

曖昧さ」はモード・ジャズの特徴でもある。

第17小節からと同じ動きは E ドリアンに戻る前の第29小節からの3小節にもみられる。

D ドリアンの領域であるが、上部構造は key of Cの IIIm  /   VIm  /   II7  に相当する。

トニック・コード、ケーデンス・コード、アボイド・コード以外のコードはリンク・コード(Link chord)ととして機能するが、この曲では意識的な使い方は見当たらない。

32〜39小節

第32小節の Em はD ドリアンとして見れば IIm であり、このコードがピボット・コードとして機能して E ドリアンに転調していると考えられる。

つまり、Em の後にE ドリアンのダイアトニック・コードが出現することによって、Em は Im だったと感じさせる。

その後 Eペダルが続くことで確定的となる。

第33〜34小節はE ドリアンを確定するためのE ドリアンのダイアトニックな4度進行。

第35〜37小節はトニック・ペダルと3度の欠如というモードの特徴がよく現れている。

3度の音が無いためミクソリディアンとの区別ができない。

第33〜34小節もミクソリディアンでも可能性はあるが、G リディアンのRelative mode はE ドリアンであること、第32小節がマイナー・コードであることからドリアンとするのが妥当であろう。

第38〜39小節は G リディアンに戻る(転調)箇所であるが、やはりダイアトニックな4度進行でつなげている。

この4度進行の動きは第36小節から始まっているが、トニック・ペダルを使うことで E ドリアンを維持している。

第38小節のAm7はダイアトニックではない。

ドリアンの4番目は IV7コード (A7)であるが、ここにトライトーンを含んだ A7 を持ってくるのはモードとしては厳禁。IV7 は C/Cコードだが、5度下の bVIIに進行するとbVIIがメジャー・キーのトニックのように聴こえてしまう。

つまり、次に D(bVII)コードに移るためkey of Dの調性を与えてしまう。

他の箇所と同じように4度進行(5度下に進行)でモードを変えるために、ここはコード・タイプを変えたのであろう(Modal interchange)。

E エオリアンからのModal interchange chord のAm7と考えられる。

第39小節、 D コードの7thコード・タイプは Dmaj7(7度の位置に特性音を持つC/C コード)であるが、Dmaj7は次に向かう G リディアン・モード(最初の16小節)のVmaj7に相当する。

この小節をDmaj7 にするとモードの変更がここから始まるように聴こえるため、トライアドにしたのではないか。

また、その前のA-7とで IIm7 – V とも取れるが、V7ではないのでトライトーンはなく、Vコードでもない(つまり「ソ」の音ではない)ので問題ない。

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この後、曲の頭に戻るが、イントロの第1〜4小節は間奏として機能する。

1カッコはD ドリアンから E ドリアンに転調したが、2カッコではD ドリアンのRelative Mode のE フリジアンに移行する。

40小節〜

第40〜45小節はフリジアン・モードをよく表している。

1カッコの第1小節(第32小節)の Em はD ドリアンから E ドリアンに転調したが、2カッコの第1小節(第40小節)の Em では D ドリアンからRelative PhrygianのE フリジアンに移行した。

第40〜45小節の全てEトニック・ペダルで、その上にCメジャー・スケール上のコードが C コードを除いて全て出現している。

また、コードの動きも通常の曲のような動きではなくモードの特徴をよく表している。

小節の下に E を根音とするコード名で表したが、I コード以外全て sus4 となっている。

sus4 コードは3度欠如のため、メジャーかマイナーか分からず曖昧なサウンドになる。

フリジアンの特性音はb2の音で、コードとして表すとテンションの(b9)に相当する。

(通常の曲で(b9)のテンションが使えるのはドミナント・コードの場合のみであるが、)

モードではドミナント・コードのトライトーンは避けたい。

なぜなら、そのトライトーン構造は解決しようとする力が働き、通常の曲のようになってしまう。

フリジアンでは5度の音(ここではB音)と特性音(ここではF音)のインターバルがトライトーンになる。

そのため第40〜44小節目までは5度の音(B音)は使われていない(第42小節のメロディーのB音はF音が同時に鳴らないので問題ない)。

しかしながら、5度の音(B音)は倍音として聴こえるので多少は影響するかもしれない。

第45小節の B-7(b5)コードはその根音と5度(b5)の間がトライトーンであり、通常アボイド・コードとしてモードには使用しない。

しかし、ここではE 音がベースにあり E7sus(b9)とサウンドする。

同じ第45小節の G7 コード(メロディーのF音が同時に鳴っているためG7とした)もトライトーンを含むが、通常の曲のように5度下に動かなければ、その7度の位置に特性音を持つためケーデンス・コードとして機能する。

このコードもE 音がベースにくる場合は E7sus(b9,#9)となる。

この小節の最大の特徴は、5度のB音が両コードに含まれており特性音(F音)とのトライトーンを含むという点にある。

あたかも通常の曲のドミナント・コードがトニック・コードに解決するかの様に、加えてベースもEからAに5度下(4度上)に動いている。

第46〜47小節はA エオリアンで終わらずに更に5度下のD ドリアンで終わっている。

曲を通常の曲のDメジャーで始まると捉えると、それが Dマイナーで終わることになる。

実際はGリディアンで始まってDドリアンで終わっている。

ここでもまたRelated Mode(平行調)に転調する箇所は5度下にコードが動いている。

sus(b9) コード

ここで注目されるのはフリジアン・コードまたは sus(b9) コードである。

これらのコードの名称はMark Levineの① ” The Jazz Piano Book(1989)” と② ” The Jazz Theory Book(1995)”に記載がある。

いずれの本でも最初の方に出てくるが、ジャズ・ミュージシャンでもあまり馴染みのないコード名である。

彼は①でPhrygian chordsとしていたが新しい ② ではsus(b9)と呼んでいる。

sus(b9)コードはテンションのb9を含むドミナント7th sus4 コードであるが、sus4の4を省いて記載されることが多いのでここでもそれに倣った。

ジャズではsusコードはsus4以外使わないので短くしたのであろう。

Mark Levine は①で、フリジアン・コードのことを、ベースにテンションの13をもつドミナント・コードだと言っている。

A Phrygian chord is a dominant seventh chord with the thirteenth instead of the root in the bass.

この本①では G7/E というコードが E7(b9)に相当すると書いているが、Gymnopedie no.1 の第41〜45小節にあるようにそれ以外も存在する。

また、E7sus(b9) をドミナント・コードとして捉えるとGymnopedie no.1 ではドミナントが長すぎる。

John Coltraneの曲「After the rain」ではE7sus(b9) の1コードだけで小節数無制限のソロ・パートを設けているように、モードではドミナントと捉えないほうがいいだろう。

また②ではPhrygian harmonyとしてsus(b9)を数々の例で紹介している。

それによると、sus(b9)コードはJazz harmony としては比較的新しいサウンドで、1960年台にKenny Dorham, John Coltrane, McCoy Tyner, Wayne Shorterらの曲で使われた。

しかし、彼らよりも早かったのはDuke Ellingtonで、1953年に録音された “Melancholia” であると書いている。

全体のモードの動き


転調としてはkey of DのRelative Mode からkey of CのRelative Modeへ転調し、key of DのRelative Modeに戻り、key of CのRelative Modeで終わっている。

調号で表すと次のようになる。

メロディーのアナライズ

あとがき

以前にGymnopedie no.1をジャズコードとして特定し、その解析を試みたができなかった。

周囲に尋ねてもこの曲はアナライズできない、という答ばかり。

音楽学専攻の音大生にジャズ理論を教えているが、その中でこの曲のアナライズを卒論のテーマにしようということになりアナライズが始まった。

アナライズと並行して、この曲のアナライズ例を書籍、Web上にて捜した。

Web上で1件通常の曲としてのアナライズが見つかったが、単にローマ数字に置換えただけのものだった。

この曲がモードで作曲されていると確信してアナライズが終わった頃、この曲が「ドリア旋法(ドリアン)だと知った」、というツイートが見つかった。

やはりモードだと気づいているひとはいたようだ。

これだけ有名な曲であるがアナライズ例が見つからないのは、それだけアナライズが難しいのではないかと思う。

今回、細かいところまでアナライズできたと思うが、アナライズしてみて作曲に緻密な計算がされていることに驚いた。

アナライズはモード・ジャズとして行ったが、クラシック畑の人にもできるだけ分かりやすいように努めたつもりである。

サティのGymnopedieはno.1からno.3まで3曲があるが、その内、no.1が突出してモード・ジャズを感じさせる。

no.2とno.3は違うモードを使っているようである(no.2 はMixolydian writing との記述が参考文献(3) にある)。

機会があればアナライズしてみようと思う。

他にもサティは興味深い曲を数多く作曲しているが、全体でもGymnopedie no.1が突出してモード・ジャズの雰囲気も持つ。

一般的にはドビュッシーがモード音楽の先駆者のように言われており、モードの曲も多いようである。

しかし、知る限りではGymnopedieが一番古い。

ドビュッシー自身もサティーに影響を受けたと公言している。

ドビュッシーによるGymnopedie no.1とno.3のオーケストレーションが存在することはそのことを裏付けている。

尚、理論的な説明の多くはBerklee college of music のHarmony Workbook から得られたものである。

(2017年11月)

追記(2018年10月)

Youtubeで同様のアナライズを見つけたので追記する。        https://www.youtube.com/watch?v=E7IKBRqOz8Q ( 2014/01/20 公開 )
Youtubeで説明がないが、タイトルがShifting Modesとあり、モードが変わっていく様子が分かる。Modeの解析はほぼ同じであるが、最初の16小節をG LydianではなくD Major としている点が大きく異なる。そこ以外でもD Major とアナライズしている箇所がある。
2019年3月15日
Relative modeへの転調と全音下への転調の区別を分かりやすく書き直した。

参考文献

(1) Rochinski, Steve.  Harmony 4 Workbook Fall 2001 Edition. Boston: Berklee college of music, 2001

(2) Ulehla, Ludmila.  Contemporary Harmony, Romanticism through the Twelve-Tone Row, 1966

(3) Persichetti, Vincent.  Twentieth-century Harmony, 1961

(4) Levine, Mark.  The Jazz Piano Book, 1989 

(5) Levine, Mark.  The Jazz Theory Book, 1995

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